|
昨年の5月だった。バグダッドが陥落した直後の救援活動もひとだんらくしたころ当時泊まっていたアルハムラホテルには、ジャーナリストが訪ねてきたりしていたが、緊急状態が終わるとぴたりとそういった来客も途絶えた。かわりに何かボランティアで手伝えないかという若者たちがちらほら尋ねてくるようになった。そんな中に高遠さんがいた。
みんなで話しているうちに、停電になった。夜は銃声が聞こえて危ないので朝方まで仮眠を取ることになった。
高遠さんは、いつも何かを訴えていたし怒っていた。「30になったらボランティアをしようと思った」そしてカンボジアのエイズホスピスやインドのマザーテレサのところでボランティアをしてきた。「インドやカンボジアで子どもたちが待っている。戻らなくてはいけない。でもイラクは気になる」といっていた。
彼女はいろいろな話を持ってきた。7月には、「ラマディ、ファルージャは大変なことになっていますよ。モスクは破壊されるし、戦争はまだ終わっていない。米軍が封鎖してしまい、外からの物資が入ってこない。病院には何もなかった。NGOも怖がって入らない」バグダッドでは復興に浮かれて多くのNGOが活動を開始していたし、なんとなく人道支援を掲げた、いかがわしいイラク人によるNGOなども出来ていた。彼女は、いつも一番困っている人に目が行った。
そこでぼくたちは相談して医薬品を若干買い込んで、病院に届けることにした。ファルージャは緊迫していた。町に着くなり住民が群がってくる。アメリカ人の蛮行を訴える人たち。「米軍はモスクを攻撃したんだ」家に案内してもらうとサダムフセインの肖像画を大切に持っていた。ここの人たちは、未だにサダムを崇拝していた。バグダッドではそういった類のものはすべて破り捨てられていたのに。
病院でも米兵の横柄な態度に、苦情が寄せられていた。ヘリコプターは低空飛行し時折ジープが行き交う。
薬を届けると早々にバグダッドに向かうことにした。
途中、米軍のジープがわれわれの車を追い抜いたと思うと、銃を向け、止まれと合図をする。車が止まると短銃を構えた兵士が、何人か降りてきて、私たちを調べだした。何でも、どこからか通報がはいったという。大声で叫びながら銃を向ける米兵。私がイラクにいて一番恐怖を感じたのはこのときかもしれない。このような状況だから、誰も怖くて近寄れない。だからこそ、高遠さんは援助が必要なんだと言っていた。
もうひとつ彼女が力を入れていたのがストリートチルドレンの保護だ。「アンパンパトロール!」といってホテルの前でシンナーを吸っている子どもたちからシンナーを取り上げる。体を張っている。「シンナーを取り上げたら噛みつかれました。」彼女の腕には歯型がついている。それでもうれしそうに子どもの描いた絵を見せてくれる。「蛇を書く子が多い。何か深い意味があるのかしら」「蛇は蛇でしょう」
ちょうどフランスのNGOが子どもの施設をつくっていたので彼女を連れて行ったことがある。「ここでボランティアしてみたら?」そして私は日本に帰国した。
その後、8月19日に国連の本部が爆破された。高遠さんも国連の事務所にはインターネットがあるので良く通っていたので安否がきずかわれたが無事だった。その後私たちはすれ違い、会うことがなかった。
今、ファルージャは昨年7月よりももっとひどい状況だろう。米軍に封鎖された町は600人以上が殺されているという。人々は病院にいくことも出来ず、治療も受けられない。
緊急救援活動が必要だ。川口外務大臣が、アル・ジャジーラでイラク国民に呼びかけた。「(日本は)今も、多額の資金と人員をもってイラクの復興に取り組んでいます。我が国の自衛隊もこのために派遣されているのです。」しかし、ファルージャの人々には全く意味がない。人口1%のサマワの人だけが自衛隊の恩恵を受けているだけだ。
高遠さんは、ファルージャの人々にも目を向けていた。一番困っている人は誰か、直ちに情報を集める能力に長けている。
そんな高遠さんの力が必要なのに彼女は皮肉なことにファルージャで人質になっている。
佐藤真紀 日本国際ボランティアセンター
電話:事務所 03-38342388
090-54122977
ホームページ:http://www1.jca.apc.org/jvc/
|